2019年10月24日

台風19号の影響と対策

台風19号で被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。また復興に尽力されている皆様には安全に留意されご活躍されることをお祈りいたします。


大型で強い勢力を保ったまま北上し、関東甲信越から東北に大雨を降らせた台風19号。12日土曜日に日本列島に上陸し各地で河川の氾濫を招き100年に一度とも形容される甚大な被害を残しました。千曲川氾濫の様子は全国ニュースでも取り上げられましたが、氾濫箇所の両岸には当院の利用者も居住しており13日午前中にはスタッフがクリニックに駆け付け透析患者ほぼ全員の安否確認を行い無事を確かめました。


台風19号の影響と対策


しかし長野市東部・須坂市・高山村・小布施町の下水最終処分場であるグリーンピア千曲が浸水のため運転を停止、下水がマンホールからあふれる危険性があるため下水道の使用制限が呼びかけられました。血液透析は多量の水を使用するため下水排出量も相応に多くなります。下水道の使用制限解除の目処がつかないため、当クリニックでは中二日の影響を避けるべく15日火曜日まで通常モードの透析とし、16日水曜日から透析液使用量を準災害・緊急時モード(節水モード)に変更(600→350ml/min)しました。
透析医療は水道や電気など社会インフラに大きく依存する治療のため、当院では2016年の増床時に自家発電設備を導入し、翌2017年には災害等の影響で上水道、電気が使用不能になった際のシミューレションを行い災害・緊急モードによる透析条件を予め設定してありました。(2017年長野県透析研究会で概要を発表)


台風19号の影響と対策

通常の総透析液流量600ml/minに対し災害・緊急モードでは半分の300ml/minに低下させ、血液濾過透析(HDF)ではなく通常の透析(HD)としています。今回は上水道制限ではないため規格を少し緩く設定、総透析流量 350ml/min (41.7%減)とし透析液(Qd)に300ml/min, 補液(Qs)に50ml, しかも補液量の大幅な減量が可能な後希釈HDFとしました。後希釈で前希釈と同じ除去量を得ようとすると3倍の流量が必要とされます。当院の通常時のQsが200ml/minなので後希釈50ml/minはおよそ1/3に相当しほぼ同等の効果が期待出来ると考えました。また除水目的の透析時間延長に対して通常はHDFモードを適応していますが節水期間中は水を使用しないECUMとしました。基本的な透析時間は変更しませんでした。

透析液流量(Qd)の低下で図の様に5〜14%の尿素クリアランスの低下が想定されます。おそらくKt/Vも10%前後低下すると思われました。しかし当院の平均Kt/Vは2.14±0.50(10月の定期検査)と高く10%程度低下してもすぐに体調への影響はないものと考判断、またカテーテル脱血など血流量に制限がありKt/Vの特に低い方は、個別に従来のモードで透析を行いました。


台風19号の影響と対策


幸い19日土曜日には簡易下水処理が再稼働し下水使用制限が限定的ながら撤廃されました。暫定的再開のため週末明けまで経過を見た上で22日火曜日より透析条件を節水モードから通常モードに戻しました。この間とくに体調不良を訴えられた方は見受けず、21日月曜日に透析前後で採血を行った群で月前半に施行された定期検査の結果との比較を行いました。尚、治療モードを変えなかったケース、定期検査以降バスキュラーアクセスインターベンション(PTAなど)を行い実血流量が増加したと思われるケースは除外しました。透析量Kt/Vと透析前の各電解質の値を比較したところ、Kt/Vでは約4.3%の有意差を持った減少がみられ想定の10%前後よりは低い減少率でした。しかし栄養指標のアルブミンや他の項目では有意差を持った変化は検出されませんでした。従って1週間程度の短期間に限れば当院における節水モードでの治療は臨床的に問題にならないレベルの治療水準を維持出来たことになります。

台風19号の影響と対策


先に節水モード時の除水延長をECUMとする旨触れましたがこれは透析時間の短縮を意味します。そこで10月定期検査時と節水モード時の透析時間を比較したところ、前者で4.29±0.59(h), 後者で4.11±0.36(h)と節水モード時の透析時間が約4.2%低下(ただし有意差ありP<0.05)していました。透析を行わず除水のみのモードであるECUMを導入した影響が考えられます。また逆にECUMをしなかった群(つまり透析時間が同一だった群 t=4.11)間比較をすると透析量は前者2.04±0.41, 後者2.03±0.37と有意差は検出されませんでした(P=0.55)。従って透析量の低下は透析液流量の低下では無く透析時間短縮の影響をより多く受けていたと考えられます。

あくまで1週間程度の短期間での評価に限定されますが、高血流高効率透析を前提として

1. 透析液量(Qd)を400ml/minから300ml/minに下げても透析量の低下は5%以内で、透析前の電解質値や栄養状態に与える影響は無視できる程小さかった。
2. 後希釈HDFは節水に有効である。
3. 透析液流量よりもむしろ透析時間のわずかな短縮の方が透析量に減少に寄与する可能性が示唆された。特に災害時・緊急モードの透析条件では透析時間を4時間から3時間にしている施設が多く、透析時間の短縮はより慎重に行う必要がある。
4. 普段高血流を実施しない施設においても、透析液流量の減少は血流量のアップで相殺される可能性がある。
5. 以上から1週間程度の短期間において、今回当院の設定した治療条件は比較的安全に行えると考えられる。

と結論付けることが可能と思われます。後希釈変更によるTMPの上昇はほぼ見られず血清アルブミンの低下も認められませんでした。しかし長期間適用した際の検証データは無いため、今回の被災状況のように暫定的復旧までの1週間〜10日程度を安全に運用するモデルケースにはなると考えます。



今月の治療指標の達成度です。
台風19号の影響と対策


台風19号の影響と対策
検査日は10月7〜8日のため台風19号による下水道の使用制限による影響がない段階での結果となります。
透析医会の評価項目(達成度1)はほぼ年間を通じて90%以上を維持しています。特に生命予後に大きく関わるPはほぼ90%の方で更に厳しい<5.5mg/dlを達成しており良好なコントロールと言えます。栄養指標は例年9月までが最低値となり涼しくなる今月以降回復の傾向を示しますが、今月血清アルブミン値は上昇傾向に転じており例年に違わない経過となっています。
節水モードに切り替わる直前のこのデータと節水モード中の21日のデータの中から比較可能な57例を選択し、影響を解析しました。



当院では災害に強い透析施設を目指して商用電源が使用不能となった際の発電装置の導入を既に行っています。
台風19号の影響と対策

更に断水時に備えてより容量の大きな貯水槽に交換する工事を本日より開始しました。
現在使用中の貯水槽
台風19号の影響と対策

新たに設置予定の貯水槽、従来の約3倍の容量となります。
台風19号の影響と対策

容量増加により断水時に使用できる水量が増加し給水車による補水回数を減らす事が出来ます。
この工事と併行して透析排水処理装置の設置も行います。しばらくの間駐車場および玄関スロープの一部が使用できず利用者の皆様にはご不便をおかけしますが、ご理解とご協力の程をよろしくお願い申し上げます。


須坂 腎・透析クリニックでは災害に強いだけでは無く、柔軟に対応出来る施設運用を目指しています。




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Posted by Kidney at 16:00│Comments(0)ひとりごと
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